新しく完成したお店には、特別な美しさがあります。
傷のない床や壁、きれいに整えられた家具、まだ誰も使っていないカウンター。
設計した空間が図面から現実のものとなり、初めて目の前に現れる瞬間です。
私たち設計者にとっても、完成した空間を見ることは、大きな喜びのひとつです。
しかし、その瞬間が、その空間にとって一番美しいときなのでしょうか。
お店は完成したあと、人が訪れ、使われ、少しずつ変化していきます。
その変化の中にも、新しく完成したときとは違う美しさがあるのではないかと思います。

新しいことと、美しいことは同じなのか。
私たちは、日常のさまざまな場面で、新しいものに価値を感じています。
新築の建物、新品の家具、傷のない商品。
新しく、きれいな状態であることは、ひとつの魅力です。
一方で、長く使われた木の家具や、表面に少しずつ色の変化が生まれた金属、
使い込まれた革製品などに、美しさを感じることもあります。
新品のときにはなかった表情が、時間の経過によって生まれているからです。
古い建物を訪れたときにも、同じようなことを感じます。
少しすり減った床や、手で触れられてきた部分だけ色が変わった木材。
そうしたものから、その場所で過ごされてきた時間を感じ取ることがあります。
もちろん、古いものがすべて美しいわけではありません。
けれども、新しいことだけが、美しさの基準ではない。
そのような視点を持つことで、空間のつくり方にも、
少し違った可能性が生まれるのではないでしょうか。
素材は、時間とともに表情を変える。
前回の記事「素材は、何を伝えるのか。」では、素材そのものの魅力だけでなく、
どのように使い、どのように納めるのかが大切だという話をしました。
もうひとつ、素材を選ぶときに考えたいことがあります。
それは、時間が経ったときに、その素材がどのような表情になるのかということです。
例えば、無垢の木材は、光や空気、人の手に触れることで、少しずつ色や質感が変わっていきます。
真鍮や銅などの金属も、使われる環境によって、表面の色や光沢が変化します。
革も、使い込むことで柔らかくなり、色艶が深まっていくことがあります。
こうした変化は、必ずしも新品の状態から価値が失われていくことを意味しません。
むしろ、使われてきた時間が、その素材の新しい魅力になることもあります。
一方で、すべての素材が美しく経年変化するわけではありません。
汚れが目立ちやすい素材や、傷がつくことで本来の魅力が損なわれる仕上げもあります。
どのような場所で、誰が、どのように使うのか。
そして、何年後にどのような姿になっているのか。
素材を選ぶことは、完成時の見た目を決めるだけでなく、
その先の時間を想像することでもあると思います。

建物には、すでに積み重ねられた時間がある。
時間を感じるものは、新しく選ぶ素材だけではありません。
既存の建物にも、これまで積み重ねられてきた時間があります。
改修工事では、古い仕上げ材を撤去すると、その奥からコンクリートの躯体や、
以前の工事の痕跡が現れることがあります。
そこには、新しくつくろうとしても簡単には再現できない表情があります。
もちろん、古いものを何でも残せば良いというわけではありません。
建物の状態や安全性、使い勝手を確認し、必要な部分は適切に直していく必要があります。
そのうえで、すべてを新しい仕上げで覆い隠すのではなく、残すことのできるものを生かす。
そんな選択肢もあるのではないでしょうか。
例えば、H3 VINTAGE GINZAでは、時間の積み重ねを感じられる空間を目指し、
経年変化する素材や、既存の建物の躯体を見せる要素を取り入れました。
ヴィンテージアイテムが持つ時間と、建物がこれまで重ねてきた時間。
そして、新しくつくる空間が、これから重ねていく時間。
それぞれがひとつの場所に共存することに、魅力を感じています。
傷や汚れを、どう考えるか。
経年変化を考えるとき、避けて通れないのが傷や汚れの問題です。
店舗では、多くの人が床を歩き、家具に触れ、毎日のように清掃やメンテナンスが行われます。
当然、完成したときの状態が、そのまま続くわけではありません。
ここで大切なのは、傷や汚れをすべて肯定することではないと思います。
例えば、カウンターの角が少し丸くなったり、木の表面に手の跡が重なったりすることには、
使われてきた時間を感じる場合があります。
一方で、水が染み込んで衛生上の問題が生じたり、床が滑りやすくなったりすることは、
避けなければなりません。
味わいとして受け入れられる変化と、適切に直すべき劣化は違います。
だからこそ、経年変化を楽しめる素材を選ぶときにも、
使う場所やメンテナンスの方法まで考えておく必要があります。
傷がついたら交換するしかない素材なのか。
手入れをしながら、長く使い続けられる素材なのか。
完成時の美しさだけではなく、維持しながら使い続けられることも、
設計の大切な条件だと考えています。
お店の風景は、人によってつくられていく。
時間とともに変化するのは、素材や建物だけではありません。
お店の中で過ごす人々によっても、空間の表情は少しずつ変わっていきます。
開店したばかりのお店は、すべてが整っていて、どこか緊張感のある空間かもしれません。
そこにスタッフが立ち、商品が並び、お客様が訪れる。
毎日の営業の中で、家具の置き方が少し変わったり、商品が増えたり、
季節に合わせてディスプレイが変わったりすることもあるでしょう。
そうした変化を重ねることで、空間は少しずつ、そのお店らしい場所になっていくのだと思います。
設計者が完成させることのできるのは、建築やインテリアという空間の土台です。
その場所でどのような時間が過ごされ、どのような風景が生まれていくのか。
そこには、お店を営む人や、訪れる人たちの存在が欠かせません。
私たちは、その時間や風景をすべて設計することはできません。
けれども、そこで過ごす時間が心地よいものになるように、空間のあり方を考えることはできます。

完成は、終わりではなく始まり。
建築やインテリアの仕事では、完成した空間の写真が、作品として紹介されることが多くあります。
私たちも、完成した空間を撮影し、設計事例として記録しています。
しかし、完成写真に写っているのは、その空間のある一瞬にすぎません。
一年後、五年後、十年後。
同じ場所でも、素材の表情や、そこで営まれる日常は少しずつ変わっていくはずです。
その変化を、ただ古くなったと捉えるのか。
それとも、その場所が時間を重ねてきた証として捉えるのか。
その違いによって、素材の選び方も、空間のつくり方も変わってくるように思います。
もちろん、すべての空間が長い年月をかけて使われるとは限りません。
お店の業態や事業の計画によって、必要な寿命や変化への対応も異なります。
だからこそ、どのくらいの時間を想定し、その間にどのように使われ、
変わっていくのかを、設計の段階から考えておきたいと思います。
完成した瞬間が、一番美しいとは限らない。
使われることで表情を変える素材。
建物がこれまで重ねてきた時間。
そして、人が過ごすことで少しずつ生まれていく、その場所らしい風景。
新しく完成したときの美しさだけでなく、時間を重ねることで生まれる美しさも大切にしたい。
私たちは、そんな空間をつくっていきたいと考えています。